F・レイ神父とオーバン神父
--その4--
1948年、奄美の出身で戦前の神学生だった石神忠真郎氏が勉強の継続とカプチン会入会のため渡米。
1949年1月21日、琉球列島はグアム使徒座代理区から離れ、カプチン会のF.レイ師が琉球列島使徒座管理区長に任命された。同年F・レイ師は沖縄本島に司牧の座を移す。
1951年F・レイ教区長によって創設された「聖マリアの汚れなき御心のフランシスコ姉妹会」の最初の入会志願者が、東京の「お告げのフランシスコ姉妹会」の修道院にて修練を開始した。
1952年1月25日、カプチン会聖ヨゼフ管区がニューヨーク管区とシカゴ管区に分かれ、琉球列島はニューヨーク管区に委託された。同年2月28日、ローマ布教聖省は奄美群島を除く南西諸島の北部8島(宝島、小宝島、悪石島、諏訪瀬島、平島、臥蛇島、中之島、口之島)を琉球列島使徒座管理区から鹿児島使徒座知牧区へ移管。同年ペトロ・バプチスタ石神氏がニューヨークで司祭に叙階される。
1953年12月25日、琉球列島使徒座管理区の南西諸島奄美群島が日本復帰して信託統治から鹿児島県へ行政移管した。
1955年5月3日、鹿児島教区設立とともに、同年5月8日、琉球列島北部5島の奄美群島(奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島)の
教会管轄権が鹿児島教区に正式に編入。
--その5--
1968年6月9日、F・レイ教区長(琉球使徒座管理区長)は司教に叙階されたが、1972年1月24日急逝。
1972年5月15日、沖縄が日本復帰。同年12月18日、教皇庁は琉球使徒座管理区を那覇司教区に昇格して1973年2月11日、初代司教に
カプチン・フランシスコ修道会の石神忠真郎師を叙階、那覇教区司教に任命した。那覇教区は日本の司教区のひとつとして、長崎大司教管区
所属の司教区となる。
1997年1月24日、石神司教の引退に伴い、コンベンツアル・フランシスコ修道会の押川壽夫師が那覇司教に任命され、同年5月25日、司教に
叙階され、現在に至る。