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What is Catholicism?

カトリックとは?

カトリックは、イエス・キリストの教えを受け継ぐキリスト教最大の共同体です。
世界で約13億人の信者がいて、バチカン市国にあるローマ教皇を中心に一つの「家族」のようにつながっています。カトリックが大事にしているのは「神を愛し、人を愛する」こと。
弱い人や困っている人に手を差し伸べ、互いに支え合うことを使命としています。
世界中で病院・学校・福祉活動を続けているのもカトリック教会です。

  • 伝統を大切にする:2000年以上にわたって守られてきた祈りや典礼、教えを大切にしながら今に生きています。

  • 普遍性がある:”カトリック”という言葉自体に「普遍的・どこにでもある」という意味があり、国や文化を越えて同じ信仰を分かち合っています。

  • 目に見える形を重んじる:ミサ(礼拝)や聖書の朗読だけでなく、パンとぶどう酒をキリストの体と血として受ける聖体拝領、十字架や聖堂といった目に見えるしるしを通して、神とのつながりを実感します。

カトリックは単なる思想や組織ではなく、
     「神と共に歩む生活」であり「共同体の中で信仰を育て合う家族」です。
ミサや祈りを通じて、信者は一人ひとりが神に愛されていることを確かめ、世界中の兄弟姉妹とつながっていることを実感します。イエス・キリストを信じて生きる普遍的な共同体であり、祈りと愛の実践を通じて神と人、人と人とを結びつける「大きな家族」なのです。

History of the Naha Diocese

カトリック那覇教区の歩み

1549年
1947
1948年

Parish matters

教区のあれこれ

戦後60年が過ぎた現在、歴史の浅い教区であるとはいえ、人々の記憶から忘れ去られるものも多い。
那覇教区の歩みに印された様々な足跡を紹介しておく。

カトリック建築部

カプチン会のバレンタイン神父やルーシン神父の指導の下、最初は真栄原の原野に、後には与那原に移って教会建設に当たる信徒のみの建築部があった。最盛期には60人の成人男性が携わっていた。小禄のカプチン修道院、チャペルの建築を最後に建築部は解散した。

開南教会ミシン部とミッションランドリー部



 

F・レイ神父が初めて沖縄に足跡を印されて最初に目にしたのは、戦争で伴侶や家族を失い、精神的にも物質的にも困り果てた人々の姿であった。
そこで沖縄におけるカトリックの最初の慈善事業として、開南にミシン部とミッションランドリー部が創設された。特に女性たちが自力で生活の道を切り開くことが出来るようにとの教区長の志に基づくものであった。

琉球大学カトリック研究会 (カト研)

 

最初の頃のメンバーは既に80歳を超えておられるが、若い力が那覇教区の大きな力であったことは疑いない。

聖母診療所

 

アメリカから招聘された「病人の回復なる聖母修道会」の修道女たちが安里教会に隣接して診療所を開設していた。
修道会は解散して現在はなくなっているが、カプチン会のルイス神父の双子の妹が同会に所属していて、2人揃って沖縄での宣教に当たられた。

守礼の家・コレジオ学生寮

現在復元された首里城がある地には、戦後すぐに琉球大学が建てられていた。
そのため首里地域には学生が多く、下宿屋もたくさんあった。離島や遠方から進学してくる信徒の子弟の為、首里教会に隣接して守礼の家(コレジオ学生寮)が建てられ、多くの学生が利用した。

首里教会での結婚式

 

首里教会で最初に婚姻の秘跡を受けられたのは、奄美で宣教師たちを手伝い、大学卒業後に沖縄の大学で働かれていた故永野善治、園子ご夫妻であるが、戦後の物資もまだ乏しい中、オーバン神父の妹さんが着たウェディングドレスを送ってもらい、花嫁はそれを着て結婚式に臨まれたとのこと。そのドレスは首里教会で婚姻の秘跡を受けた最初の3組の花嫁が着用した。

よくある質問 (FAQ)

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